企業は,服務規律において,どこまで労働者の自由を制約できるでしょうか。
企業と労働者が労働契約を締結することに伴い,労働者は企業秩序維持義務を負います。企業の秩序が維持されていなければ,労働効率も悪くなり,企業の利益を害することになります。そこで,企業は,就業規則に服務規律を定めて,企業秩序維持義務の具体的内容を明らかにし,企業秩序を維持する必要があります。他方,労働者も私事について自己決定権があります。したがって,企業は,無制限に労働者に服務規律に従わせることはできません。
競業避止
競業避止義務とは,労働者が雇用されている企業と競争関係にあたる行為をしない義務をいいます。労働者は,在職中,労働契約に付随する義務として,信義側上,競業避止義務を負っています。しかし,念のため,企業は,就業規則に在職中の競業避止義務を定める方がベターです。
退職後の競業避止義務を労働者に負わせるためには,就業規則に定め,さらに労働者との間で個別の競業避止契約を締結するべきです。労働者には,職業選択の自由(憲法22条)があるため,退職後の競業避止義務を包括的に定めると,公序良俗に反し無効となるおそれがあります(民法90条)。そこで,企業の規模,事業内容,労働者の職種,地位などに照らして,個別的に競業避止契約を締結するべきです。判例によると,競業の制限が合理的範囲を超える場合は,競業避止契約は無効となります。競業の制限が合理的範囲内か否かは,@競業の制限の期間が長すぎないか,A競業の制限の場所的範囲が広すぎないか,B競業の制限の対象となる職種の範囲が広すぎないか,C競業の制限の代償が労働者に与えられているか,等に基づいて判断されます。
中間管理職が同僚や部下を引き連れて,同業の新会社を設立するというトラブルがよくあります。引き抜かれた後で,損害賠償請求をするのでは手遅れです。引き抜きの勧誘があったことを人事部等に通報する義務を就業規則に記載するとよいです。
ひげ規制
ひげを剃ることを就業規則に定めてよいでしょうか。労働者にも私事についての自己決定権がある。そこで,企業において,ひげを規制しなければならない必要性と合理性があり,規制手段に相当性があることが必要です。ひげを規制するには,接客を担当する者に限定し,かつ,不快感を伴う不精ひげや,異様,奇異なひげのみを禁止する限度に止めるべきです。
私用メール
会社内での私用メールについては,情報漏洩や企業の信用毀損のおそれがあるので,就業規則で禁止することができます。なお,企業が私用メールの有無を監視・調査すると,労働者のプライバシー権を侵害し,不法行為が成立するおそれがあります。そこで,企業は,私用メール禁止を規定する場合,私用メールの監視・調査の権限,目的,手続を就業規則に記載してから,監視・調査を行うべきです。その場合,雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン(平成24年厚生労働省告示第357条)を遵守する必要があります。
兼業
兼業は,企業秩序を害し,企業の対外的信用を傷つけるとともに,労働者の疲労度を加速度的に累積するおそれがあります。したがって,労働者が兼業をするには企業の同意を必要とするのがベターです。
社内恋愛
社内恋愛については,就業時間中の恋愛行動は禁止することができます。労働者は職務専念義務を負っているのですから,恋愛行動の余地はありません。また,企業は,施設を自由に管理できる権限を持っていますから,終業後であっても,企業内の空き部屋での恋愛行動も禁止できます。しかし,企業は,原則として,就業時間外で,かつ,会社外での恋愛行動を禁止することはできません。
上司と部下の恋愛は,男女が別れた場合に,セクハラ事件に変化することがあります。すなわち,当初は,自由な意思に基づく交際であったものが,交際を解消した途端,意に反する性的言動を受けたと主張がなされるおそれがあります。したがって,企業は,就業規則に,セクハラ禁止規定を整備することによって,上司と部下の恋愛がセクハラ事件に変化しないように対処すべきです。
政治活動
判例によると,職場内での労働者の政治活動を禁止することはできます。政治活動は,労働者間の政治的対立や抗争を生じさせるおそれがあり,企業秩序維持の点から禁止せざるを得ないからです。
慎重に検討を重ねて,有効な服務規律を就業規則に定め,労働者に周知することが,企業秩序を維持し,より良い職場環境を形成することを可能にします。