使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかった場合,療養補償しなければなりません(労働基準法75条)。ただし,労働者災害補償保険法等により,労働基準法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合においては,使用者は,労働基準法の補償の責を免がれます(同法84条1項)。さらに,労働者災害補償保険法等により給付がなされた場合は,同一の事由については,その価額の限度において,民法による損害賠償の責任を免れることができます。しかし,使用者には,労働者災害補償保険法等によって補償されない部分,例えば,慰謝料等については,民法上の損害賠償責任が残ります。
使用者の民法上の損害賠償責任には,不法行為責任(民法709条〜724条)と債務不履行責任(民法415条)の2つがあります。労災については,特に,債務不履行責任として,使用者の安全配慮義務違反が問題となることが多いです。判例によると,安全配慮義務とは,「労働者が労務提供のため設置する場所,設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において,労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」であり,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義側上負う義務」とされています。労働契約法5条も,「使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。」と規定しました。
判例は,「使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務がある。」と判示していますので,安全配慮義務には,設備,器具等の設置管理についての義務のみならず,「労働者の健康に配慮する義務」も含まれます。
使用者が「労働者の健康に配慮する義務」に違反した結果,労働者が過労で自殺することもあります。過労自殺が発生すれば,使用者は,遺族から訴訟を提起されるおそれがあります。
使用者が「労働者の健康に配慮する義務」を履行するためには,労働時間,休憩時間,休日,休憩場所等について適正な労働条件を確保し,労働者の年齢,健康状態等に応じて,労働者の従事する作業内容を軽減したり,就業場所を変更すること等が必要です。なぜなら,労働者に長時間労働や過重労働をさせれば,疲労や心理的負荷が過度に蓄積し,労働者の健康を損なうおそれがあるからです。
労働安全衛生法は,健康の保持増進のための措置を要請しています。すなわち,医師による健康診断を行うこと(同法66条1項),健康診断の結果(当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係るものに限る。)に基づき,当該労働者の健康を保持するために必要な措置について,医師又は歯科医師の意見を聴くこと(同法66条の4),医師又は歯科医師の意見を勘案し,その必要があると認めるときは,当該労働者の実情を考慮して,就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮,深夜業の回数の減少等の措置を講ずるほか,作業環境測定の実施,施設又は設備の設置又は整備,医師又は歯科医師の意見の衛生委員会若しくは安全衛生委員会又は労働時間等設定改善委員会への報告その他の適切な措置を講じること(同法66条の5第1項)等が義務付けられています。特に,週40時間を超える労働が月100時間を超え,かつ,疲労の蓄積が認められる場合は,事業者は,労働者に対し,医師による面接指導を行わなければなりません(同法66条の8第1項)。過度の長時間労働は,脳や心臓の疾患をもたらすので,労働者の増員で対処するべきです。
「過重労働による健康障害を防止するための事業者が講ずべき措置」(厚生労働省)によると,@時間外・休日労働時間を削減すること,A年次有給休暇の取得を促進すること,B労働時間等の設定を改善すること,特に,仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を図ること,C労働者の健康管理に係る措置を徹底すること,特に,健康管理体制の整備及び健康診断の実施,長時間にわたる時間外・休日労働を行った労働者に対する面接指導を実施すること,D過重労働による業務上の疾病を発生させた場合,産業医等の助言を受け,又は必要に応じて労働衛生コンサルタントの活用を図りながら,原因究明及び再発防止の徹底を図ること等が要請されています。
使用者は,労働安全衛生法を遵守し,「過重労働による健康障害を防止するための事業者が講ずべき措置」を講ずること等により,安全配慮義務を履行するべきです。
企業が安全配慮義務を履行することは,コンプライアンスを守り,企業の利益になります。